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夏コミ直前に旅行記を書いてみる(後編)

後編。

2日目:
 この日は朝8時半頃に宿を出発。近鉄名古屋駅に向かい、急行電車に乗りました。
急行@近鉄名古屋駅

 急行電車に乗ってだいたい20分程度で桑名駅に到着し、そこからちょっと歩いて三岐鉄道北勢線の起点、西桑名駅に向かいます。そこで待っていたのは…
北勢線クモハ272
 可愛らしい黄色い電車が3両。しかしサイズは先ほど見た近鉄の急行電車よりも一回りも二回りも小型。
 そう、この北勢線は現在も生き残っている数少ないナローゲージの路線で、線路の幅が762mmしか無く、車両のサイズもそれに合わせて小型になっているのです。
 ちなみに近鉄名古屋線の線路の幅は1435mm、JR関西本線は1067mmですが、これらを合わせて3種類の幅の線路が並んだ踏切が西桑名駅の少し先に存在し、線路の幅の違いを見て確かめることができます。


 というわけでこの黄色い電車に乗り込み、まずは楚原まで向かいます。途中の東員駅でこれと遭遇。
奴
 知る人ぞ知る「奴」です。乗っていた電車と全く同じ270系電車ですが、このク271はその中でもある意味特別な存在です。2階建てになったり三角になったり空を飛んだり思いがけないところに現れたり…全てコラージュですがw
 訳が分からない人はとりあえずこれとかこれを見れば良いと思います。


 西桑名を出発して30分程で楚原に到着。乗ってきた電車が折り返し西桑名へ行くのを見届けてからしばらくして、阿下喜行きの4両編成の電車がやって来ました。
北勢線モ277


 実はこのモ277、1人掛けクロスシートというなかなか珍しい座席配置になっています。運転席のすぐ後にも1人掛けクロスシートがあるので前面展望も見やすい構造。但し非冷房です。
北勢線モ277の車内


 グォォォンという釣りかけ駆動特有の大きな音を10分間程響かせて、終点の阿下喜に到着。
 ところで、ク277は阿下喜側を向いた先頭車ですが、反対の西桑名側を向いた先頭車はどうなっているのかというと…
北勢線ク202

こんな感じで、このク202は今までの3両とは明らかに違う顔つきの電車です。そしてク277以外の3両の車内を見てみるとこんな感じ。
北勢線サ101の連接台車部分 北勢線サ201の元運転台部分
 まず左側の写真を見ると車両と車両の連結部分が随分広く、また段差も僅かですが、この車両、何と連接台車が使われているのです。そして右側の写真は先程乗っていたモ277(写真の連結部分から奥)のすぐ後の車両(サ201)ですが、連結部分の前に何も無い謎の空間があります。

 実は、元々この3両だけで編成を組んでいて、モーターも前後の各1両に搭載されていたのですが、このモータを積んでいる台車がかなり特殊な台車で、整備に手間取ったことからモーターと運転台を外されて動力の無い客車同然に扱われていました。その後、ク277と連結することになった時、ク202の運転台が復活し、サ201の方は通路が付いて今のような状態に落ち着いたというわけです。


 さて、このク202の左側を見てみると…
阿下喜駅のモニ226とホクさんとク202
 何やら古げな赤い電車と、その横を走る異様なまでに小さい電車がいます。これらは阿下喜駅に隣接している軽便鉄道博物館のものです。

 小さい電車の方はミニ電ホクさんといい、毎月第1・3日曜日に公開される軽便鉄道博物館の回りを一周しています。乗車無料。この日は写真の通り雨が降っていましたが、ホクさんの窓回りにビニールを付けて中の人が濡れないようにしていました。実際乗車したところ、ビニールを伝って中に入ってくる滴はあるものの、雨はよく防げていました。

 古げな赤い電車の方はモニ226といい、かつてこの北勢線を走っていた電車です。引退後は四日市市で保存されていましたが2008年に阿下喜に戻ってきました。戻ってきた当時は保存状態が悪くボロボロだったそうですが、現在では内装まで綺麗に復元されています。
 モニ226(1) モニ226(2)

 軽便鉄道博物館をゆっくり見学して楚原まで戻り、撮影の名所でもあるめがね橋を見に行きました。しかし雨は強くなる一方で、めがね橋から戻った時にはずぶ濡れになっていましたw

 ところで、めがね橋から楚原駅に戻る途中こんな物を発見しました。この角度から見るとちょっと立体的な警官と子供をかたどった交通安全の看板ですが…
馬面看板(1)

 これを正面から見るとこんな感じ。
馬面看板(2)
 幅が薄い。完全な板になり切れていなければ、立体にもなり切れていないなんとも中途半端な厚さです。


 楚原駅に戻り、再び西桑名を目指して進みます。その途中の前面展望ですが、確かこの辺りが例の「奴」の画像の撮影スポットだったと思います(今は家が建っていてあの当時とは風景が違う)。
「奴」の撮影スポットらしきところ?

 西桑名駅に到着した後、そこから桑名まで歩いて再び近鉄の急行に乗り込みます。次の目的地は、三重県にあるもう一つの軽便鉄道、近鉄内部・八王子線です。

 近鉄四日市に着き一旦改札を出て、内部・八王子線の乗り場に向かいます。一応近鉄四日市では自動改札のようです。
近鉄四日市駅の内部・八王子線乗り場改札

 しばらくすると、やはり軽便鉄道特有の小さな車体の電車がやって来ました。
内部・八王子線ク115

 まずは八王子線の方へ向かいます。といっても、10分にも満たないくらいで終点の西日野駅に着いてしまいました。
西日野駅
 かつてはこの先も線路が延びていたそうですが、1976年に水害による被害でその先の区間が廃止となり、今では内部線の日永駅から1駅区間だけ伸びる路線になっています。

 その20分後、1駅折り返して日永駅で下車。今度は内部線に乗車。乗り換えに危うく失敗しかけるも、運転手さんの計らいでなんとか乗車。ふう。
内部・八王子線ク162(1)

 ところで、内部・八王子線の電車の先頭にはこんな感じで両替機が付いてます。
内部・八王子線ク162(2)

 内部線も大して長い路線ではなく、やはり15分程度で終点の内部に到着。路線が短く、周辺も住宅街ばかりだからこうして近鉄の路線でいられるのだろうか…。ちなみに内部には車庫が併設されています。
内部駅(1) 内部駅(2)
 
 そしてだいたい20分後の折り返しの電車で近鉄四日市へ戻りました。思った以上に内部・八王子線は短い…。
 近鉄四日市に着いて、「折角だからちょっと近鉄特急に乗ってみよう!」ということになりました。
近鉄特急の切符

 そしてやって来た特急電車は…
近鉄特急(1)
 スナックカーこと12200系でした。といっても車内販売は既に無いですが…。車内は十分快適でした。

近鉄特急(2)
 近鉄名古屋駅に到着。乗ってきたスナックカーは到着後しばらくして大阪へ折り返していきました。しかし、その時流れる発車メロディの「ドナウ川のさざ波」が何とも言えない哀愁を漂わせていました。


 その後はぷらっとこだまで東京に戻って旅行おしまい。やはり軽便鉄道の列車は可愛いなあ…
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夏コミ前に旅行記を書いてみる(前編)

 えー、おさらいですが今度のC82に参加します。

参加日時は8/12(日、3日目)
サークル番号は西地区”ら15a”です。

 さて、前回の投稿から見事に1ヶ月以上空いてしまったわけですが、実は6月終わりに名鉄と近鉄に乗りに行ってました。今回はその時の写真を出しながら旅行記を書きます。

1日目:
 今回は東京から名古屋へ行く手段として、ぷらっとこだまを使いました。なお、普通車は空いていなかったのでグリーン車喫煙席を取りました。それでも+1000円で済み、通常料金より安いのは流石ぷらっとこだま。乗ったのは700系ですが外の写真を撮るのを忘れてた…orz

こだまグリーン車で朝食
車内で朝食。ちなみに乗っていたグリーン車喫煙席の車内には私(紙塗ったり)とよしのりを含めて3人しかいませんでした(恐らくあとの一人もぷらっとこだま使用者)。


 そんなこんなで11時半頃に名古屋に到着。ここからは名鉄に乗り換え、常滑へ向かいます。名鉄名古屋駅では、私もよしのりも恐るべきペースで様々な方向の電車がやって来る様子に面食らってましたw
 しかし乗るべき電車はなんとか間違えずに乗車。折角なのでμチケットを買って特別車に乗ってみました。
FIrst Class! 名鉄1700系


 乗った特急が金山駅に着く直前、名鉄特急のミュージックホーン(どけよホーン)が聴けたのが最高でしたw そして12時半頃、常滑に到着。今回常滑に来た一番の目的は、駅からも見えるこれを一度見に行くことでした。

とこにゃん

 とこにゃん。常滑焼で知られる常滑市のマスコットみたいな奴です。これが去年のJ○FMateの表紙を飾っていたのを見て、よしのりが「この際だから見に行こうか!」ってことで見に行くことが決定。ちなみに顔と左手だけが地上に出ていますが、裏側はこんな感じ。

とこにゃん裏
 何も無い。というか月極駐車場になってるじゃありませんか。まあ、こうして土地の所有者にお金を招いている分役には立ってますけどねw

 その後、常滑の「やきもの散歩道」をガイドマップ片手に歩いていると、こんな感じの土管が並ぶ箇所を発見。
鉄道用の土管が並ぶ
 ガイドマップによると、これは鉄道用の土管なんだとか。ここでは家屋の基礎となっていますが、今も鉄道の基礎工事でこういう感じの土管を設置するのでしょうか?
 あと、招き猫だけではなく本物の猫もちらほら見かけましたが、その中でもとびきり可愛い子猫がいたので思わず一枚。
 常滑で出会った子猫
 そしたら飼い主の方から抱っこしてみませんかと声をかけられたのでちょっと抱っこ。子猫の可愛さは反則。


 午後3時半過ぎに常滑を出発。今度は特急の一般車で来た道を戻り、太田川要塞…もとい太田川駅で普通に乗り換え、大江に到着。ここから次の目的地、築港線に向かいます。
名鉄2300系 名鉄6500系


 築港線のホームへ行こうとすると中間改札があり、ここで切符が回収されます(東武大師線とか和田岬線と同じ)。ホームに降りると5000系がいましたが、その前面の行き先表示は何とサボでやっていました。この車両のLED表示器のプログラムには東名古屋港の名前は無いようですw
大江駅中間改札 名鉄5000系

 築港線の電車が出発すると、途中でドカドカッという衝撃を響かせて、たった3分程度で終点の東名古屋港に到着。
 東名古屋港駅

 で、この衝撃の元になっているのは…
東名古屋港ダイアモンドクロス
 ダイヤモンドクロス!そう、なかなか珍しい平面交差のレールです。
 日本でダイヤモンドクロスがあるところは東名古屋港以外で、伊予鉄道の大手町、土佐電気鉄道のはりまや橋、阪堺電気軌道の住吉駅くらいで、その殆どが路面電車絡みでしか見られないものです(昔は阪急電鉄の西宮北口にもありました)。
 ここでダイヤモンドクロスが生き残っているのは、ひとえにその本数の少なさ(平日でも朝夕20往復、土曜12往復、休日に至っては7往復しかない)のお陰だと考えられます。
 ところで、架線のある側が通ってきた名鉄築港線ですが、手前から奥に伸びる方のレールは一体何か?

 実はこれ、名鉄の車両が搬入されるルートで、ごく稀にこのレールの上を日本車輌の工場からやってきたピカピカの車両が通ることがあります。

 上のダイアモンドクロスの写真の奥は名古屋臨海鉄道の名電築港駅(貨物駅)で、更に奥の方にあるポイントから名鉄築港線に入れるようになっています。手前には下の写真のような遮断機の無い踏切がありますが、これを越えた先には名古屋臨海鉄道の東港駅(貨物駅)があり、更にJR東海道線の笠寺駅と繋がっています。
名電築港駅の踏切

 つまり、豊川の日本車輌の工場→豊川駅→(JR飯田線)→豊橋駅→(JR東海道線)→笠寺駅→(名古屋臨海鉄道)→名電築港駅→東名古屋港駅、というややこしいルートを経て名鉄に車両がやって来るというわけです。

 このダイアモンドクロスは東名古屋港の手前にあるのですが、逆に東名古屋港の先には何があるのかレールを追ってみたところ…
 岸壁へ続く線路
 ご覧のように頑丈な門で塞がれていますが、この先は岸壁です。調べたところ、この線路は車両を貨物船に乗せて甲種輸送や海外に輸出するときに使うらしく、かつて名鉄の赤字ローカル線にいたディーゼルカーもここを通ってミャンマーへと旅立ったそうです。

 だいたい1時間程東名古屋港駅周辺を散策して、来た道をまた戻ります。よく見ると乗務員の一人が金属の輪を持っていますが、これは棒状のスタフ通票です。以前の旅行記では久留里線のタブレット閉塞のことを書きましたが、スタフ閉塞は列車交換が無い単線行き止まりの路線で使われるものです(久留里線も久留里から先はスタフ閉塞でした)。
 ちなみに棒状のスタフ通票は、この築港線以外では津軽鉄道の金木駅~津軽中里駅間にしか使われていないというこれまた珍しいものです。
 名鉄5000系@東名古屋港駅


 そんなわけで大江に戻り、そして神宮前で再び下車。そこにあったものとは…

神宮前踏切(半開)

 神宮前踏切。神宮前駅のすぐ北に存在した手動踏切です。過去形で書いているのは、実はこの日をもってこの踏切が閉鎖されることになっていたからです。
 この踏切は名鉄側の4線、JR側の4線の合計8線の線路を跨ぐもので、高頻度で列車がやってくる中、遮断時間を出来るだけ短くするために踏切警手が手動でワイヤーの遮断機を操作するという、他所では見ることの出来ない風景がありました。この日は最後の日なだけに、私のような鉄ヲタが沢山いるのは勿論、中日新聞の記者もいました。

 上の写真は遮断機が半開きの状態ですが、この場合、歩行者と自転車は通行可能で自動車は通れません。遮断機が完全に下がっているときは通行禁止(左)、逆に完全に上がった状態だと自動車も通行可能になります(右)。
神宮前踏切(閉) 神宮前踏切(全開)

 遮断機の操作は踏切警手が小屋の中でハンドルを回して上げ下げします。また、遮断機を閉じる際に「プルル…」と警報器を鳴らすのも踏切警手の仕事です(普通の「カンカンカンカン…」と鳴る警報器はJR側だけあります)。とにかく列車の本数が多いだけに踏切警手の忙しさも尋常ではなく、1時間に1回のペースで交代することで集中力を保っていました。踏切警手の集中力保持のため、小屋の中は撮影禁止でした。
神宮前踏切(踏切警手小屋)

 この踏切の側には歩道橋があり、その上から写真を撮っている人もたくさんいました。歩道橋に上がる階段の前には踏切廃止のお知らせの看板。踏切警手の方々お疲れ様でした。
 神宮前踏切(廃止予告の看板)
 
 こうして神宮前踏切でひとしきり写真を撮ったあと、神宮前から名古屋へ行き、宿に到着するのでした。

 後編に続く!

今更ながら3月の旅行の話です

 忘れた頃に3月の旅行写真コーナー第4回(最終回)でございます。というか5月の新刊にあんなこと書いてたくせに未だに書いてなかったよ!


 と、まずは本題に入る前にこれらの切符をご覧下さい。

団体旅客乗車票 乗車券(補充券)とこまち、いなほの特急券 定期最終きたぐに急行・A寝台券

 これは大人の休日倶楽部のツアーの切符なのですが…そう、最後の定期きたぐに乗車ツアーの切符です!
 まず、一番左の団体旅客乗車票ですが、これは出発地点の東京までの切符です。
 真ん中は乗車券とこまち、いなほの特急券。今回の乗車ルートは東京→盛岡→秋田→新潟→富山→大阪なのですが、変わったルートで都合3回特急券あるいは急行券を使うことと、秋田と新潟で途中下車が出来るようにしたためか、乗車券が何と薄い紙の切符(いわゆる補充券)になっていました。恐らくこのような切符は他のツアーではなかなかお目に書かれないんじゃないかと思います。
 そして右が最終定期きたぐに(新潟発)の急行券兼A寝台券です。(なお、この切符はツアー途中で渡されました)

 というわけで、東京駅から出発!まずは東京から秋田までこまちに乗車しました。実は秋田新幹線を完走するのは初めてだった私。
 こまち@東京駅

 なお、盛岡からは併結していたはやてを切り離すのですが、こまちは連結解除と同時に出発するので切り離し作業は見ることができません。
 盛岡から田沢湖線区間に入ると明らかにカーブが多く、辺りは完全に銀世界。それまで高架の上を時速275kmで走っていたとは思えないような状態でした。以下の写真の所(赤渕駅)ではAUの電波も全く通じませんでした。腐っても地方交通線…。
 秋田新幹線の車窓

 奥羽本線に入ると複線(と見せかけて実は単線の並列だったりする)となり、スピードも目に見えて違っていました。(それでも在来線区間では最高速度は時速130kmですが)
 そして15:56、秋田に到着。
こまち@秋田駅

 ここで30分程小休止を取り、再び出発。ここからは特急いなほで新潟へ南下します。
特急いなほ@秋田駅

 いなほが走るのは夕焼けに染まった日本海沿岸。なので出発前から車窓にかなり期待していましたが…
日本海の夕暮れ@羽越本線のどこか
 このような日本海に反射する綺麗な夕焼けがずっと広がっていました。
 また、ちょっと木が夕日に被ってますがこのような右幻日(写真右側の光のスポット)も撮れました。
幻日@羽越本線のどこか

 しばらくすると車内で弁当と定期最終きたぐにの乗車証明の硬券が配られました。
いなほで配られた弁当 定期最終きたぐに乗車証明


 弁当を開ける頃には日も暮れ、鶴岡を過ぎる頃には真っ暗闇の中をひた走っていました。そして20:09、新潟到着。到着した当時、既に何人かの撮り鉄が待ち構えていました。
新潟駅

何やらきたぐにが来る前にも某ネズミの支配する国行きのネタ列車が来るようなのでちょっと撮影。
ネズミの国行き スターライト舞浜
 ちなみにこの電車、実はグリーン席を含めると3種類の異なるリクライニング座席があったりします。全車指定なのに普通車に座席の違いがあるのってどうなんだろう…。仕方ないことだけど。

 ネズミの国行きの電車が出発したところで、そろそろ今回の主役がお出まし。この表示も臨時の時以外は出てこなくなり、乗車位置表示も既に無い。
定期最終きたぐにの表示 きたぐにA寝台乗車位置

 そしてきたぐにがやってきた。
定期最終きたぐにの横顔

 何とこれから乗車するA寝台はトップナンバーでした!
きたぐにA寝台トップナンバー車 きたぐにA寝台トップナンバー車(2)


 ひとしきり外側から写真を撮った後車内へ。ちなみに新潟駅では特にトラブルは起こらず平和でした。A寝台上段はB寝台よりは胡座が出来る程度に天井が高くなっていますが、それでも狭いです。視界もほぼ変わらず。まあ、ただ寝る分には問題ないですが。真ん中の写真でアナウンスを録るためのマイクとハンディレコーダーが写ってますが気にしないで下さいw
きたぐにA寝台トップナンバー車(3) きたぐにA寝台トップナンバー車(4) きたぐにA寝台トップナンバー車(5)

 22:58、きたぐには新潟駅を出発。そしてアナウンスが流れますが、やはり定期最終列車なだけにアナウンスもこれまでの歴史や車両の解説なども交えて放送していました。これが録りたかった!w
 あと、直江津までは車内販売もいました。既にチョロQなどのグッズは乗る前に買っていましたが、物欲に負けて翌日の朝飯を買い、放送休止後は朝が早いので寝ました。



 
 翌朝(3/17)。大津辺りで朝の放送開始だったのでそれまでに起きてバッチリ録音…のはずが、ちょっと添乗員さんの声が入ってしまった。まあ仕方ないか…。それはさておき、思わず車内販売で朝飯を買ってしまったが、実は持ち込んだ食パンでこんなものを作ってみた。
419系パン
 そう、きたぐにに使われるの583系の改造車、419系、つまり食パン電車の食パンですw
 前回の反省を踏まえて再現するのは顔だけにし、そして顔などのパーツもジャムではなく海苔を貼って表現しました。…でもやっぱり微妙ですねw

 それから間もなくして6:49、ついに終着駅、大阪に到着。盛大な撮り鉄のカメラの砲列が向いているのかと思いきや、案外静かでした。朝早かったからでしょうか?

お疲れ様、きたぐに。

 長い間お疲れ様でした。

世界に3月、4月がやってきた(その3、後編)

(前回の続き)
さて、大阪に着いたのですが、何処に行こうか?ということでここへ行ってみた。
交通科学博物館
弁天町駅前にある交通科学博物館です。街中にあるものの、この手の博物館としては中くらいの規模なのでそれなりに見応えがあります。

 というわけで展示物を色々撮ってみました。
ブルドッグ&C62
 まずはブルドッグことキハ81とC62 26号機。でも個人的にキハ81はブルドッグよりカバのイメージ(ボンネットを開けた時を想像すると…w)。

団子鼻
みんな大好き0系。

広セキのモハ80001 広セキ印
湘南色の80系電車。何と広セキ所属!

DD13とDF50 DD54 33
別館にはDD13 638とDF50 18。そしてDD54 33。DD54はデザインは良かったんだけどねえ…。美人薄命?



ゆっくり交通科学博物館を見て回ったあとは適当に街中をほっつき歩いていました。
行き交う大阪市営地下鉄中央線
市営地下鉄の地上部分で電車が行き交うのを見たり…

汐見橋駅(1) 汐見橋駅(2)
時代に取り残された駅に行ってみたり。


そんなこんなで時間が過ぎ去り、23時直前の大阪駅。この表示ももうすぐ無くなる。
きたぐに(1)

そして急行きたぐにが入線。
きたぐに(2) きたぐに(3)
左は新潟側のクハネ581、右は大阪側のクハネ583。

かくして23:27、大阪を出発。
 今回はB寝台の中段で寝ることに。まさに蚕棚。胡座をかくと頭が当たりますw
きたぐに(5) きたぐに(4) きたぐに(6)


 そして外界を見られるのはこの小さな窓のみ。(この窓は右の写真で4つある小窓のうち右下の小窓。)まるでスコープを覗き込んでるような気分を味わえます。
きたぐに(7) きたぐに(8)



3日目(3/7、水)
 さて、このような狭い寝台なので中々体を動かすのに苦労しました。荷物を1カ所に固めるにも苦労し、結局寝たのは1時過ぎ…。
 朝起きたのは6時前の直江津に着く直前。ここを出発する頃に朝の放送が始まりました。件の小窓から外を見てみると生憎の曇り空。
きたぐに(9)

 そして8:30、新潟到着。お疲れ様、きたぐに!
きたぐに(10)


 さて、最大の目的である日本海、きたぐにの乗車を終えたので、ちょっと道草を食いつつ首都圏へ帰ります。
文福茶釜
新津で茶色のEF64を見たり…

弥彦駅 弥彦神社
弥彦神社にお参りしたり…

快速くびき野 くびき野のリクライニングシート
乗り得快速に乗ったり…(特急の車両に追加料金なしで乗れる)

湯檜曽駅上りホーム 湯檜曽駅下りホーム
トンネル駅で一人で下車してみたり…

 そんなわけで徐々に南下して首都圏に帰還しました。
 ところで、新潟には新車がいるとはいえ、今でも主力は廣島と同じ115系です。新潟から高崎まで快速くびき野に乗った三条~長岡間以外の区間もずっと115系のお世話になっていました。何となく安心と親近感を覚えてしまいます。
キムワイプ+カボチャ キムワイプ@長岡 弥彦線・越後線カラー 新新潟色115系
 新潟の115系は現在4種類のカラーバリエーションがあります。流石に車体は廣島程の凄まじいバリエーションではないですが、結構古い車両が残っているのもポイント。物持ちがいいんだなあw


 そんなわけでもう5月に入ってますが、3月の旅行記を書くのは次回を最後にしようと思います。本当はもっとネタを取り上げたいですが、かなり膨大な量の写真があるのでちょっとキリがない…w

世界に3月、4月がやってきた(その3、前編)

 はい、写真コーナー第3回です。今回は3月をもって定期運行を終了した寝台特急日本海と急行きたぐにを追って2泊3日旅行したときの話題です。なお、今回は尺が長くなるので前編、後編に分けます。


1日目(3/5、月)

 前回のいず物語号乗車から2日後、この日は朝7:52上野発のはやてに乗車、一気に新青森まで北上して11:09に到着。
 新青森駅

 本来はここから奥羽本線、五能線を乗り継いで五所川原へ…となるところですが、このルートは大回りになるため2時間かかるのに対し、弘南バスの五所川原行き路線バスだと1時間で行けることが判明。
そんなわけでバスに乗り込み、12:30分に五所川原駅前に到着。ちなみに乗客は筆者以外で2、3人入れ替わり立ち替わりいたくらい。まあ昼間だから仕方ない。
五所川原駅

 ちょっと時間があったので、駅から20分歩いた所からやって来たストーブ列車を撮影。先頭のディーゼル機関車が車輪のロッドをぐるぐる回して走るさまはなかなか可愛らしいです。
ストーブ列車(1) ストーブ列車(2)

撮影後、急いで駅まで戻り、撮影したストーブ列車に乗車。車内販売のスルメと日本酒で幸せな気分。途中の金木からはストーブの手前の席を占領できたのでますます幸せw
ストーブ列車(3) ストーブ列車(5) ストーブ列車(4)

 終点の津軽中里に到着後、直ぐに取って返して金木へ。今度は特別料金のかからない走れメロス号の方に乗車。妙に中吊りが多いなと思ったら全部鉄道むすめの広告でした。
つ鉄のディーゼルカーの中


 金木で下車し、斜陽館に寄りました。実はここ、Suicaが使えます。何故に…?
斜陽館




 斜陽館に1時間弱寄った後、五所川原に戻り、バスで来た道を戻り、そのまま青森駅へ。そして青森駅に着いたのは入線の約30分前だったので、入線までに余裕を持って準備ができました。

 そして日本海入線。機関車はローズピンクのEF81-101でした。
日本海(1)

 さて、車内へ。流石にA寝台は取れなかったのでB寝台(上段)です。
日本海(2)

 しかし、定期運行終了寸前だというのに自分の下にある寝台は空いていました。キャンセルでもあったんでしょうか…。そのお陰で買ってきたものを頂くのは楽でしたが。(下段だと小さなテーブルがあります。)
お食事@日本海




2日目(3/6、火)
 その後、寝台で横になってしばらく寝ていましたが、高岡で目が覚めてしまったので外を見てみるとこんなものが。
真っ青な413系 夜陰に乗じるハットリくん列車
 まさか末青な奴と遭遇しようとは…。でも北陸には(一応)新車が来てます。(但し富山県にはまだ来てない)


 その後はまた寝て福井の手前で再び起床。というのは、福井から敦賀までのわずかな区間ではあるものの、車内販売のワゴンが来るからです。そんなわけで朝飯を買いました。(※右のソーダは乗車時に持ち込んだものです)
 朝飯@日本海
 窓際のテーブルに付いてる栓抜きで王冠を「こじって」開けてみました。この手の栓抜きがある列車は段々減っているので、これがあると分かる列車に乗る場合は極力王冠付きの瓶飲料(だいたいウィルキンソンジンジャエール)を持っていくと幸せになれますw
こ じ る

 敦賀に着くと、機関車交換がありました。何と入れ替わるんだと期待しながら写真を撮っていると、やって来たのはEF81-108。…あれ?機種も番台も同じで、しかも塗装まで同じ!
日本海(3) 日本海(4)
 一体何のために?イマイチこの機関車交換は目的がよく分かりません。何故ここで同じ機種と交換するのか知っている人がいたら教えて下さると幸いです。

 その後は湖西線を走っていましたが、何と1回途中からサンダーバードが日本海を抜かすということもありました。やはりサンダーバードは速い…。日本海は何だか隅へ追いやられてる感がしてしまいます。琵琶湖を車窓から眺めるのは好きですが。

 そして10:27、大阪到着。やはり大阪駅では大勢が待ち構えていて、列車から降りた私もその中に加わって日本海が回送されるまで見送るのでした。
(後編に続く)
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